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こっそり運営している深海。顔なんて出さず、静かに泳ぐ。

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時刻は夕暮れ。
空の赤が少しずつ薄くなり、紺へと変化する。

無常に石が並ぶ殺風景な場所。
一般に墓場と呼ばれる場所に男はいた。

若い男は、一つの墓を見下ろし、合掌…しているように傍からは見える。
本当は微笑んでいただけだ。

自分の手によって死に追いやることに出来た、下の者を嘲笑い――

次の瞬間、その顔が驚愕に塗られる。

視界の片隅に、何かの姿を映した。
それは、くたびれた様子の男…。

見覚えがありすぎた。

「――な、なんで…」
男は声を漏らす。

信じることが出来ない。
どうしてその男が目の前にいるのだ。

自分の目が信じられない。
自分が死に追いやったはずの男が、目の前にいて――

ああ、目の前に移動し、動きを失った若い男に鉄パイプを振り上げ――

崩れる者と見下ろす者が逆転する。
視界が暗転した男を見下ろし、凶器を握ったままの男は、少し満足そうに笑み――

覆い被さるように崩れ落ちた。

「タイムオーバー」
そこに少女の声が響いた。

何時の間にいたのだろうか。
辛うじて意識のある襲撃者の男の直ぐ傍に少女…李麗が佇んでいる。

男はうめき声をあげながら見上げ――

「…ワシに、力をくれ…。頼む…」
干からびたような男はただ懇願する。

「ダメ。もうあげたでしょー?
あたしぃが協力してあげたから、オジさんは恨みを晴らすことが出来たんじゃーない。」

李麗は一歩動く。

「人はー死んだら戻って来れないのー。
その規律を動かした・犯した時点で君もあたしぃも異端者なのー。」

そのまま歩を進め、墓場を歩き回る。

「それにぃ、契約当時は『この男を葬りたい』だったでしょぉ。
ほら、もう絶滅してるぅよー?」
「だけど…っ。こいつが現れなかったら、きっとワシはもっと動けてた…!
だからもっと…」
「だめだってばー。それだったらこのお兄さんも同じことが言えるーもん。
ほら、オジさんはもう時間がないよー。もう感覚ないでしょー」

李麗は呟く。
「おやすみ」
男にとっての絶望の言葉を――

男はその言葉を区切りに、全く動かなくなってしまった。

墓場には屍が二つ。
だが――数分経つと、その屍が一つに減っていた。

異端者の力を借りた男の姿は風に消える。
もう人間でない者は、体すら残らない。

李麗はそんな姿を気にも留めず――当たり前だという風にただ歩いて去っていく。

李麗。別の名前もあるが、今はその名前を名乗っている。
一番初めはこの名前を名乗っていたが、ある事件を区切りに別の名前にし、
また違う事件を区切りに違う意味でこの名前にした。

彼女も異端者であり、死者を蘇らすことが出来る者である――

勿論永遠に蘇らせることは不可能で、期限付きである。
思い残した者は、李麗に頼み、力をわけてもらうことで生き返るが――
思いを果たせば李麗は力を貸さずにそのまま見送る。

ただ、何も思わずに。
それが彼女の仕事なのだから。
ただ淡々とこなすのみ。

…そして仕事をこなしながらある者を探し続ける。
かつて傍にいた者を。
空気のように傍にいたのに、ある日忽然といなくなってしまった者を――

「小金…どこにいるの?」
ぽつりと呟く。

――あたしぃを残して、どこにいるの。小金…。

足を動かしながら海へ到達する。
そこはただ青く、一面に広がる幻想の藍。
水面が静かに模様を打ち出す。

李麗は砂浜を音を立てながら歩き進め、波の近くで足を止める。

ちょくちょく来てしまう。
何故なら、ここはお気に入りの場所であり――

行方不明になった幼馴染との思い出の場所でもあるのだから。

李麗は静かに腰を下ろして空を見上げる。

ああ、夜空は何時見ても綺麗だ。
特にこの海の上は幻想的で見惚れる。

まるで海面が空に映っているかのような、見事なパノラマ。
それを見ながら、ただ思い続けるのだ。

いなくなってしまった大切な彼のことを。

……――上を向いたままの彼女の頬に一滴落ちた。
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天秤が傾く。
片側に傾き…また水平に戻る。
もう片側に急激に重さがかかり、びくりと跳ねるように戻っていく。

暗い暗い空間。
闇に包まれ、全てが黒で覆われる。そんな世界。
何もないのかというとそうでもなく、テーブルや板のようなものがぽつぽつと置かれているが、
暗すぎてよく分からない。

黒の空間の中に僅かに浮かぶ光。
それは輝きを持ってはいるが、冷たさを感じる秤。
先ほどからひっきりなしに傾き、戻りを繰り返している。
だが、その天秤の受け皿には何も乗っておらず、勝手に動いている。

そんな不自然な道具の近くにいる男がいた。
彼はただそこにいるだけだが、時折動いた天秤に視線を寄せる。

「皆、それぞれ動き始めたようだね…」
そう、呟く。
まるで声に出して確認するかのように…。

「現時点では釣り合いがとれているけど、そのうちどっちかに傾きそうだなあ…」

彼の言葉は何を意味するのだろう。
この天秤は何なのだろう。

「皆の動きがどう変わっていくか分からないからね。
バランスが取れればいいんだけどなあ」

彼は何を言っているのだろう。
この秤が示しているのは何なのだろう。

「どっちが勝って…どっちが有利なんだろうねえ。
今はほぼ引き分けかな」

この秤が現しているのは…現時点での釣り合い。
今動いている人や現状において、どちらが有利であるか計るためのもの。
異世界の秤であるこの天秤の持ち主の男は、それを観察し、見極め続ける。
ただ、ボードを動かし、観察し続ける…。

彼は傍観者でありながらも、確実に影響を及ぼす存在。
なおかつ…

「黒深(コクシン)さまーっ」
ふと、暗闇の中に少女の声が響いた。
黒深と呼ばれた青年は振り向いて声の主を確認する。
少女は変わった容姿を持つ知人だ。
ウェーブのかかった長い髪。しかし、根元は輝くほど白いのに、毛先はこの闇に同化するほど黒い。
正確には深緑だが、ほぼ闇色といっても差し支えがない。
そして、よく目立つ黄色の瞳。
着ている服は、年頃の少女が好むお洒落なものであるし、愛嬌もあるが、容姿の特殊さばかりが目立つ。

一方、黒深は上から下まで黒一色だった。
黒の肩までのセミロングに、瞳も黒だ。
真っ黒のローブを着ており、おっとりと微笑んでいる。
部屋も黒一色であり、彼の黒へのこだわりは相当のものであると推測できる。

「やあ、李麗(リライ)」
黒深は、親しみのこもった優しい口調で少女を呼ぶ。
その反応に、李麗は更に嬉しがり、黒深の傍に座った。

「わざわざここまで来てくれたんだね」
「はいっ!黒深様がここにいるって聞いて、飛んできちゃいましたぁーv
また天秤を眺めてたのぉ?」
「うん。ふふっ、なかなか飽きないんだよ。だって…」

カクンと天秤が傾く。

「これを見たら今の状態が一目で分かっちゃうから」

カクンと片側が重くなる。

「興味深い世界の様子が手にとるように分かるんだよ。
ほら、見てごらん李麗――」

そのまま片側に傾き続ける。

「――楽しいだろう?」

傍にいる、同じく異端者である少女を見据えながら柔らかく言ってみせるのだ。
問われた李麗は「はいっ!」と元気良く返事をした。

それを見た黒深は満足そうに目を細め――
静かに立ち上がる。

「黒深様、どこかに出かけるのぉ?」
「ああ。だってね…天秤が片側に完全に傾いてしまったから」

天秤は片側に下がったまま、動きもしない。
李麗もそれは感じているのか、からっと笑顔を浮かべ…

「黒深様は平等・公平だもんねっ」
「うん。誰よりも公平な立場を目指したいんだよ」

肯定すると行く道を確認するのだ。
今上がっている片側へ。

「いってらっしゃい、黒深様ーっ。
怪我しないでねぇー!」
「ああ、行ってくるよ。
李麗…君も、興味があったら動いてみるといい。
きっと、…長年退屈していた君を楽しませてくれるだろうから」

静かに去っていく。
明るく手を振って見送る李麗を背に黒深は目的地へ向かった。

李麗は何も言わず、ただ明るい笑顔を浮かべ続けている。

李麗の後ろに設置された天秤がぴくりと動く。
もう直ぐ、天秤がまた変化を見せるだろう。

――黒深。
彼は傍観者にしてボードの操縦者。
そして――誰よりも公平を愛する男である。

――皆、動き出しておるのぅ…。
――よっぽど忙しいのか、それとも楽しんでおるのか…。

――わらわも少し、下界の様子を探ってみるか…。

館に篭っていた美女…名前を緋姫は、違う行動に出ることを選択する。
それは七藤と話したからか、それとも他の知人達の様子を察したからか…。

2時間後、緋姫は人気のない廃酒場にいた。

「人って儚いものだと思わんか?」
緋姫は語りかける。
そこにいる会話相手に言い聞かせるように、教えるように…。

「脆くて直ぐに崩されてしまうんじゃ」
パイプを吸いながら、色っぽい溜息をつく。
自分より下にいる相手をただ見据えながら――

「のぅ…そなたはそうは思わんか…?」
問われた相手は、床に寝転がりながら質問者を見上げ――

「それは…そう思う」
先にぽつりと結論を述べる。
疲れきったように息を吐きながら、青年は髪をかきあげ――

「すぐに崩れるし、小さな石に躓いて派手に転ぶし…。
必要があったら友達も裏切るしな」

青年の答えに緋姫はふむ、と頷き――
「そうじゃな。しかし、そなたも意外と言うのぅ…」
「思ったことを言っているだけだ。
だけど、俺はそれだけじゃないと思うぜ」
「…?」
「儚いけど、それだけの間に出来ることって一杯あるんだよ。
いくらでも変われるし。温かいものだって希望だってあるんだ」
「つまり…脆く儚くはあるが、捨てたものではないと?」
「ああ」

青年はゆっくりと体を起こす。
そして真っ直ぐ質問者を見据え――…口を開く。

「お前らとは違うさ」

「お前らみたいに、長い時を生きて。
考えられない力を持ち合わせて…崩すことも立てることも簡単にやってのける。
変化がなくて退屈だろ?
そういうお前らとは違うよ…」
疲れたような声色だが、内容は真剣な青年の言葉。
緋姫は「ふむ…」と声を漏らして立ち上がる。

「なるほど。良く分かった」
青年の横を通り過ぎると、華美な衣装を靡かせながら振り向く。
ふっと苦笑いに近い笑顔を浮かべて。

「そなたは観察力が優れておるようじゃな。
確かにわらわ達はそうじゃ。
だからこそ…人というものを知りたがり、仕掛けて、試してなるのかもしれんな」

風変わりな知人達を思い浮かべながら――
どうして白霞や謡、七藤達がそこまでこだわるのか。

「…分かった気が、した…」
――きっと自分には真似出来ないだろうけど。
視線を戻して静かに去っていく。

後に残されたのは回答者となった青年と、緋姫がいた証である強い残り香――
辺りは非常に散らかっており、まるで先程まで誰かと誰かが争っていたよう―…

青年は汚い床に転がると、空を見上げ――

「他人事みたいに言っているけど…。
お前も他の奴らと一緒だよ…緋姫…」

自覚のない異端者への評価を下す。
その言葉もきっと本人へは届かない。

謡が静かに洋館から出て行く。
その様子を窓から見ていた人物が1人――

「あれ、謡ですね。」
呟かれた声はまだ声変わりしていない少年のもの。
その呟きに反応を見せた、部屋にいたもう1人の人物は窓に近づく。

「本当じゃ。また出かけるんかのう。見た目に反して活発的じゃな」
返したのは古風な言い回しをする妖艶な美女だ。
目を細め、長い紅い爪を紅い唇に当てながら遠くなる背中を洋館の中から見送る。

「というよりも貴方が引き篭もりなんですよ。
たまには彼女達を見習って外に出たらどうですか。
ただでさえ老け顔なのに、外見年齢があがって、しかも太りますよ?」

くすくすとさも可笑しそうに笑いながら女性にとって禁句を何の躊躇いもなくすらすらと述べる。
そんな少年の容姿はわからない。
何故なら…上から下まで紫のローブで覆われていたからである。

美女は機嫌を悪くし――

「老け顔は余計じゃ。お望みとあらば若い姿にもなれるぞ?
大体そなた達が年に似合わず若すぎるのだ。
七藤。そなたはいくつだ?」
「物忘れが激しくなったんですか?前も教えたでしょうに…。喜寿ですよ」
「ほれ見ろ。私より30近く上ではないか。」

喜寿といえば77歳のことである。
だが、ローブに覆われて容姿は分からないとはいえ、目の前の少年はあまりにも若々しすぎた。

「外見年齢と実年齢、及び実年齢と精神年齢はあまり関係ありませんよ?
長い時を生きている身の上。だんだんあやふやになってきますので」

そんなことを言いながら会話相手だけでなく、自分自身にも考えを巡らせるのだ。
歳とは裏腹に若そうな容姿、そして自分の内面――

「…まあ、それは置いておきまして。
本当に少しは外に出た方が良いですよ?良い歳して引き篭もりなんてみっともないですからね。
大体…ここは白霞の館ではないですか。
不法侵入してそのまま居座っているなんて犯罪ですよ?」
「今更犯罪がどうとか言われたくない。
ここは下界とは隔離した場所であろうに…。
良いではないか。白霞は気づいていて何も言わないのじゃよ?」
「人の優しさに甘えているからいつまでも成長出来ないんですよ?精神的な意味で」

美女の反応に直ぐに返していく。
ああ言えばこう言うといったもので、七藤は口を開けば皮肉ばかり紡ぐ。

「七藤。そなたこそどうなのだ?不法侵入ではないのか?」
「不法侵入ですよ?」
あまりにもあっさりと紡ぎ上げる。

窓際から部屋の中央に移動すると美女から距離をとり――

「でもいいんです。白霞はちゃんと気づいていますし、貴方のように引き篭もりではないので。
僕ももう直ぐ出発しますよ」
「おや、また下界に行くのか。好きじゃのぉ」

皮肉口調が移ったかのようにぼやく会話相手に、七藤は「いえいえ、用事があるだけです。貴方と違って」と皮肉に勢いをつけて返す。

やがて扉から出て行く…わけでなく気配を消して消えていく七藤を窓枠に腰掛けながら見送り――

「…本当に人外ばかりじゃな」
ぼそりと呟く。

誰に話すわけもなく、ただ声を発する。

唇や爪だけでなく、服や髪など全てに置いて紅い妖艶な美女は後ろに持たれ…

「七藤も忙しいのぉ…。
そりゃそうよな。奴は七つの人格を持つ奴だからのぉ…」

「いや、人格というよりも魂か?
それはそれで大変じゃのぅ…。七人分動かんといけないのだからの」

まるで誰かに解説してみせるように口を開き、狭い部屋を響かせた。

事件は下界で起こるのだ。
裏から操る者、傍で見学している者、渦中に飛び込む者――
全てを関係者とし、多数の人々に影響を与える。

身を翻す。
ただ無言で足を進める。

といっても別に怒っているわけではない。
なんでもないことだった。

謡は先ほどの問いを発した後に、直ぐに踵を返した。
白霞の答えを背に受けながら静かに戸を閉める。

その答え…“白霞は謡と同属である”。

理由は少し違うと謡が言ったのにも関わらず、白霞は何の迷いもなく言葉をつきつけた。

だが…

実は前から知っていた。

謡はもう一つドアを閉める。
目の前には洋風の装飾品と家具が並ぶ。
そこは謡に割り当てられている部屋だった。

少女が2人で住むにしてはあまりに広すぎる洋館。
他にも誰か住人がいると考えるのが妥当であろう――

謡はデスクに座ると引き出しを一つ開ける。
書類の束を指先でかけわけながら取り出したのは古びた一枚の写真。
明るく元気そうな少女と同じく明るく素直そうな少年…

――幸せそう。

そう心の中で淡々と思ったのと同時に謡は元の場所に写真を仕舞いこむ。
13歳くらいの少年と、同じ年くらいの薄い黄色の髪を持つ少女の写真を握りつぶしたい衝動を堪えながらも丁寧に仕舞いこむ。

――駄目。
自分の感情に流されて写真を握りつぶしては駄目なのだ。
何故なら…

――自分を含め、全ての人間…所謂観察対象の写真は丁寧に扱わなければならないから。

写真を入れた引出しにはまた大量の写真が。
デスクの上には沢山の字が書かれた資料が。

知っていた。白霞と自分は同属の人間であることを。
知っていた。白霞の部屋にもこのような資料が沢山あることを。
知っていた。白霞と出会ってから自分は変化したことを。
知っていた。自分も人間という存在に興味を持っていることを。
知らなかった。白霞に比べ、態度には出さないものの、まだ人らしい感情があったことを――

謡は引出しを閉めると静かに部屋から出て行く。
そう…外に様子を見に行くのだ。

興味のある対象…ターゲットを調べるために。

謡。
彼女は白霞の付き人であり、同属の人間であり――
白霞に狂わされた人間の1人である――


蒼の深海
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